レポート宮若国際芸術トリエンナーレTRAiARTインタビューvol.01 齋藤俊文(学生コンペティション審査委員長)2021.3.10
「アートは自身や社会を捉え直す契機になる」宮若国際芸術トリエンナーレ『TRAiART』学生コンペティション審査員長・齋藤俊文准教授インタビュー
2021年6月から開催予定の第1回宮若国際芸術トリエンナーレ『TRAiART』。九州にゆかりのある若手アーティストが参加し、国内外の学生を対象としたアートコンペティションも行うこの催しが、宮若市にどのような影響をもたらすのか。また、産官学連携の中で九州大学がどのような役割を果たしていくのか。学生コンペティションの審査員長を務める、九州大学大学院芸術工学研究院の齋藤俊文准教授に伺いました。
--宮若国際芸術トリエンナーレは、株式会社トライアルホールディングス、宮若市、九州大学未来デザイン学センター/大学院芸術工学研究院が産官学連携で行います。異なる価値観や領域を持つ組織が連携することで、どのようなことが期待できますか。
(齋藤)宮若市は、福岡市と北九州市の中間にある都市。豊かな自然に恵まれ、起伏に富んだ地形で、温泉もありますよね。地政学的にユニークな場所だなと思います。そこに、Beyondコロナ時代を牽引するような流通やIT分野の最先端を研究するトライアルの施設が作られるのはとても興味深い。自然豊かな地域で、大きな企業が地域活性を図る。これまで交わらなかったものが交われば、想定を超えることが起こるかもしれません。そして土地の力と最先端の技術を結びつけるのがトリエンナーレになります。アート作品を通じて土地の魅力を伝えていきたいですし、トリエンナーレから発信される情報や、発生するコミュニティが地域や社会に良い効果をもたらしてくれるのではないかと期待しています。良い効果を生み出せるように情報を整理するのが「デザイン」の仕事。つまり、芸術工学研究院の役割です。
--これまで手がけてきたプロジェクトでは、どのような「デザイン」を行ってきましたか?
(齋藤)会社員だった頃は、東京都の美術館・博物館の展示や館全体のプロモーションを主に行っていました。独立してからは、企業がアーティストを支援する際のキュレーションや、文化行政の広報コミュニケーションなども数多く手がけるようになりました。最終成果物としてはポスターやプロモーション映像が多かったですが、私はあくまでもそういったものは「結果」にすぎないと思っています。一番大事なのは、展覧会やミュージアムが持っている魅力ができるだけストレートに伝わるようにすること。場所や内容に限らずプロモーションやそれにまつわるデザイン全般に言えることではないでしょうか。
--これまで多くのプロジェクトに携わられてきたなかで、印象に残っているものはありますか。
(齋藤)2012年に行った九州大学の総合研究博物館のプロモーションは、いま思い返してもワクワクしますね。博物館の展示室は箱崎キャンパスの教室を再利用していて、街中にポスターを貼ったところで「正直ここに人は来ないだろう」という状況でした。けれど、九州大学が100年以上かけて培ってきたコレクションは740万点以上と、日本でも最大規模の豊富さ。なかでも、昆虫、植物、鉱物は九州大学にしかない標本が多くあります。その魅力をなんとか伝えられないものかと考えました。
そこで思いついたのが、「ミュージアムバス」。西鉄バス車内の、通常は企業の広告ポスターが掲示されるスペースを、博物館の標本コレクションを撮影したポスターで全て埋め尽くしたんです。標本を1点ずつ撮影して、魅力に合ったキャッチコピーもズバッと入れて、まさに「THE・広告ポスター」に仕立てました。撮影には研究者の方々に立ち会っていただき、標本について深く聞いた上で、制作を行いました。標本の持つ魅力がストレートに伝わったのはもちろん、研究者の探究心や熱意が感じられる、とても良い広告になったと思います。
9ヶ月間、月替りでポスターを更新しながらバスが路線を走ってくれたおかげで、テレビや新聞、webなど多数のメディアにも取材されました。1台しか走っていないのにすごいですよね。集客は広告の目的のひとつですが、それ以上にたとえ足を運んでもらえないとしても「九大って面白いことをやっているんだな」と思ってもらえることが大事。「どうすれば、ものの魅力がより伝わるのか」という視点でコミュニケーションを改善していくことがクリエイティブディレクションと言えます。
--現在、コロナ禍など多くの問題をはらんでいる社会において、アートの持つ力や期待できることはどのようなものになりますか。
(齋藤)こういう状況だからこそ、表現というものがとても重要です。作った人はもちろん、観た人がいろんなことを考えるきっかけになり、コミュニケーションを喚起するのが表現の存在理由だと思っています。コミュニケーションを喚起することは、自分自身をもう一回見つめ直すということ。それは、「私たちはなぜ生きているのか」という問いを考えることと限りなく等しいはずです。アートがそのきっかけになれたら良いですよね。
--今回のトリエンナーレのテーマは「ムスブ」。トリエンナーレに訪れる人、関わる人にとってどのような関係性が生まれると考えていますか。
(齋藤)特定の場所や組織に囚われるのではなく、社会のことや自分の生活の周縁にあることを自分ごととして捉えられるようになることが「ムスブ」だと考えています。企業や自治体はもちろんのこと、オーディエンスの人たちも、トリエンナーレやアートを自分ごととして考えられると良いですね。
--アートを自分ごととして考える、というのはどういうことでしょうか。
(齋藤)人は感激する表現に触れた時、「自分も表現したい、作りたい」と思うようになるもの。絵が描けなくても、曲が作れなくても、たとえば「自分の部屋の物の配置を変えたら、物の見え方が変わるんじゃないか」と考えるようになるのが、その人に表現が伝わったということだと思います。アートがわかる、というのは解説を読んでわかった気になることや、技法や理屈を理解することではありません。どんなに些細なことであっても自分を変化させる事柄や知識に能動的に接続できることです。
--『TRAiART』は、九州にゆかりのある若手アーティストが参加し、学生コンペティションも行います。若いアーティストと一緒にプロジェクトを行う意義をどのように考えていますか。
(齋藤)若い人は行動力と勢いがありますよね。固定観念に囚われることも少なく、発想がとても自由。新しいものが生まれやすいと感じています。これまでも、自分がプロジェクトを行うときは、なるべく若い人を巻き込んでやるようにしてきました。「TRAiART」も若手アーティストにとって、これまでの活動や表現を捉え直し、新たなフィールドに進んでいけるステップになるような、参加する意義のある取り組みにしていきたいですね。
--『TRAiART』への抱負を教えてください。
(齋藤)日本全国、大小さまざまなトリエンナーレがありますが、『TRAiART』は会場がCX(注)に力を入れた施設ですし、地域性を考えてもユニークなものになるのではないかと思います。また、新型コロナウイルスの影響で、気軽に足を運びづらい方がいることも想定できます。アーティストの関わり方や生まれた作品を、どのように情報発信していくのか。それが伝わった人にどんな反応をもたらすのか。今だからこそ、生まれるコミュニケーションがあるはずです。それから、トリエンナーレですから3年後もやるわけです。続けていく中での変化やコミュニケーションがきっと魅力になっていくのではないでしょうか。楽しみですね。
注.Corporate Transformation(企業変革)の略。CX施設は、変革の契機をもたらす場所となる。